古今洋歌集

…力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をも哀れと思はせ、男女の仲をも和げ、猛き士の心をも慰むるは、それ歌なり。
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Silver メダルの変遷-2
銀メダルは9個になった。めでたし。で、「銀」の音楽は、ホレス・シルバーであります。1928年生まれ、ピアニストにしてバンドリーダー。自作の曲が素晴らしい魅力を放つ。1952年の初録音から25年間、1枚を除いてすべてブルーノートに入れた人だ。1962年1月に初来日。写真は、日本を気に入ったシルバーが、帰国後オリジナル5曲を書いて同年7月に録音したアルバム「ザ・トーキョー・ブルース」。「Too Much Sake」とか「Ah,So」なんて曲もある。翌1953年録音の「ソング・フォー・マイ・ファーザーは、アフリカ・セネガル沖にある旧ポルトガル領カボ・ヴェルデ(Cabo Verde/Cape Verde)諸島出身だった父親へのオマージュ。タイトル曲は、父や親戚がバイオリンやギターで奏でたカポ・ヴェルデの音楽を聞いて育ったシルバーが、家族への想いを託した名曲だ。 ●カボ・ヴェルデのアーチストといえば、女王セザリア・エヴォラが抜きん出た存在だ。私好みは、9人組グループのシメンテラ(Simentera)。全体に軽めでリラックスしているのがいい。このグループがホレス・シルバーの曲をアレンジして演奏したら面白いかもしれない。

【本日のあれこれ】
昨日の続き。オリンピックメダルにおけるニケ像、まず、1908年から。



1908年ロンドン大会。ニケは裏面、馬に乗るイングランドの守護聖人セント・ジョージの横に立っております。右手にはヤシの葉。下には聖人が退治したという竜がいる。1912年ストックホルム大会。ニケらしき像はなし(表はロンドン大会と同じ。女性2人が冠を授けているが翼がない)。1920年アントワープ大会。凛々しい男性選手の背後で、ニケは左手でトランペットを吹き、舞い踊っております。1924年パリ大会、ニケは表裏面ともおわしませぬ。1928年アムステルダム大会。ここで、初めてニケがコロシアムの前に座る像が登場。左手にシュロ(ヤシ)の葉、右手に冠。フィレンチェのジュセッペ・カシオーリという人のデザインだそうな。裏面は群集にかつがれて凱旋する優勝者の姿(この表裏デザイン定型は、1968年まで続く)。



1932年ロサンゼルス大会、カリフォリニアンなニケ。胸がふくよか?1936年ヒットラー政権下のニケ。強い意志を感じる顔。1948年ロンドン大会、髪がやや長く顔も柔和に。1952年ヘルシンキ大会、ニケが座っている場所の細かな絵柄が消えてしまった。1956年メルボルン大会、前回と変化なし。1960年ローマ大会。豪華なフチ付き。ローブの襞や腰掛けている場所のレリーフもくっきり。全体に描き直したのだろう。次回は、東京オリンピックから。

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セザリア・エヴォラ (Cesaria Evora)カポ・ヴェルデ モルナ/コラデーラ歌手 セザリア・エヴォラ(1941~)はアフリカ西海岸のセネガル から西に450キロ程行った大西洋に浮かぶ島カポ・ヴェルデ のサン・ヴィンセンテ島ミンデロで生まれた。 そのすばらしい歌声と魅力
楽しい音楽を聴く♪ | 2005/12/25 7:20 PM
World-Africa-Morna : ★★★★★ &nbsp; Voz D'Amor &nbsp; カボ・ヴェルデから &nbsp; セザリア・エヴォラ、2003年の作品。 アフリカの西450kmに浮かぶ、カボ・ヴェルデ諸島。 ポルトガルの植民地であった過去からポルトガル文化が根付く
楽しい音楽を聴く♪ | 2006/03/08 2:16 AM
 
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