古今洋歌集

…力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をも哀れと思はせ、男女の仲をも和げ、猛き士の心をも慰むるは、それ歌なり。
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河童如何にして胡瓜好きとなりし乎


河童は、なにゆえキュウリ好きか?

四葉(ス〜ヨ〜)胡瓜

昨日の記事には、これが抜けていた(笑)。

一説に。
某地方では、祇園祭(総本社・八坂神社の祀神はスサノヲ=海を司る神=牛頭天王と、
妻のクシ(イ)ナダヒメ=川の神・竜神ヤマタノオロチに仕えた巫女、との説あり)
の前後6日間は海に行かない「物忌」とされる。
祇園祭は、全国で水神信仰と結びついており、
水神様の物忌期に海に行くような不謹慎者は、河童の害に遭うと云われた。
そこで、初物や珍物を神仏の供物とする風習があり、6月中旬ごろ出廻る
キュウリの初物が、水神様(および使いの河童)の供物に結びついたと云う。

情け有馬の水天宮「椿」紋(こちら蠣殻町)

一説に。
壇の浦で三種の神器ともども入水した安徳天皇、二位の尼(清盛正室、安徳帝の祖母)、
建礼門院(帝の母)を、水神として祀る水天宮(総本宮は久留米・筑後川沿い)では、
河童が水神の使い(水天供=すいてんぐ、稲荷信仰の狐と近いか?)であって、
その水天宮の社紋である「椿」が、キュウリ輪切の切口に似る故と云う。

一説に。
河童は水の精の零落した姿であり、それが季節の野菜の作付を邪魔するため、
キュウリ・ナスを供え機嫌を取ったとか。はたまた、ヒマラヤ山麓原産の胡瓜を
霊力ある野菜とみて、それこそカッパの馬鹿力の源だろうと考えた。

話かわって、英国の…




↑こうした胡瓜サンドヰッチはなかなかに有名だが、18世紀、
アイルランド・ダブリン生まれのスウィフト「ガリヴァ旅行記」にも胡瓜が登場する。

飛島ないし浮島のラピュタ(Laputa)国王が統治する大陸バルニバービの首府に
学士院があり、そこに、8年もの間、胡瓜から日光を抽出しようと努力を続けている
マッドサイエンティストがいた。胡瓜がその実にため込んだ日光をば壜に密閉し、
冷夏にこれを放出し空気を暖めようと。
ガリヴァは、その男に「いまは胡瓜の値が高くストックの少ない時期ゆえ
発明奨励のご寄付を」とねだられてしまう。

物語では、ラピュタおよびバルニバービ訪問の2年後(1709年:宝永6年、
綱吉が没し「生類憐れみの令」が廃止された年に当たる)、ガリヴァは日本に来ている。
江戸から長崎を回り、踏み絵をあやうく逃れオランダ経由で英国に帰っている。
残念ながら、河童と遭遇したとの記述はない(中野好夫訳 新潮文庫版 p.229以降)。

【今日のつけ足し】
◆われわれはガリヴァの胡瓜博士を嗤えるか?⇒遺伝子組換で「青いユリ」
  新潟県農業総合研究所の専門研究員は、青いユリに取り組んで8年!

キュウリウオ
◆「キュウリウオ」と云えば、われわれが居酒屋で注文する「シシャモ」のこと。
  サケ目キュウリウオ科、北極海や大西洋沿岸で獲れる。カペリン、樺太シシャモ、
  キュウリウオと、数種ある。ワカサギやアユもキュウリウオ科だ。
  函館や穴釣りする網走あたりで「焼きキュウリ」と云えば、魚である。
◆ライブ映像⇒きょうの遠野カッパ淵(生け捕り1千万円)
◆平戸藩主・松浦静山「甲子夜話」が記した河童(河太郎・福太郎)
長崎県の河童伝説リンク
◆安徳天皇とともに海に沈んだ、三種の神器の由来と行方⇒剣だけは知れず
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