古今洋歌集

…力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をも哀れと思はせ、男女の仲をも和げ、猛き士の心をも慰むるは、それ歌なり。
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SUNNY   丙午に生まれて
たまらん蒸し暑さだ。からりと晴れた日を想って「サニー」を聴く。
ボビー・ヘブ(Bobby Hebb,1938年ナッシュビル生まれ)が自作自演し、1966年にアメリカ・ヨーロッパで大ヒットさせた曲だ。最近、フォルクスワーゲンニュービートル・カブリオレのCMで使われたので(ボビー・ヘブのオリジナルではないが)耳にした方も多いだろう。

 サニー、昨日まで僕の人生は雨ばかりだった。
 サニー、でも君の笑顔が辛さを癒してくれる…。
歌詞

●クルマついでに言えば、日産自動車の初代「ダットサンサニー」B10型が発売されたのも、実は、ボビー・ヘブのヒットと同じ年、1966(昭和41)年だった。新聞に車名公募キャンペーンの広告が載り、800万通以上の応募があったという。ネーミングのベスト5は「フレンド」「ポニー」「ポピュラー」「フジ」「ペガサス」だったが、結局のところ「Sunny」と決まって4月に発売された。

●ところで、ボビー・ヘブという人は、3歳からお兄さんとコンビを組んで舞台に立ち、タップダンスや歌を披露していたらしい。兵役中には、トランペットを習いウェストコーストジャズも演奏した。たくさんの曲を書いたが、大ヒットはこれ1曲。けれども、エラ・フィッツジェラルド、ホセ・フェリシアーノ、シェール、マービン・ゲイ、ミスタースポック(スタートレック)のレオナード・ニモイ、日本では原田知世や和田アキ子のバージョンまである。500組以上のアーチストがカバーしている堂々たる大名曲だ。ビルボードのポップチャートで2位(1966年8月)、年間チャートで35位にランクされている。

★ボビー・ヘブ2004年3月のインタビュー記事
ロックポート(ボストンの北)に30年近く住んだがナッシュビルへ戻る予定」
www.boston.com/news/local/articles/2004/03/11/hebbs_sunny_future/


●日本に目を向けると、昭和41年。丙午(ひのえうま)で、出生数が前年比25%も減った年。星影のワルツ(千昌夫)、恍惚のブルース(青江三奈)、星のフラメンコ(西郷輝彦)という3曲揃い踏みのほか、ラブユー東京(ロスプリモス)、二人の銀座(山内&和泉)の「東京もの」がヒット。5月にNTV「笑点」と少年マガジン「巨人の星」がスタート。6月はビートルズ初来日(前座は内田祐也やドリフターズほか)、10月にみゆき座で映画「男と女」公開。エノケンが「うちのテレビにゃ色がない」とサンヨーのCMで歌った。家族でピカピカの2ドアセダンに乗ったり、カラーTVで笑点を観たり。丙午の年に流行したSunnyは、クルマも音楽も「笑顔」が似合っていたのだろう。だが、戦後640万台も売れたファミリーカー「SUNNY」のブランド名も、この秋で消える予定だという。

【今日のあれこれ】
◆ビートルズの前座…1966年8月、ボビー・ヘブは、ビートルズが全米ツアー(日本公演の後)をした時、クリーブランド公演で前座を努めてSunnyを歌った。

◆企業スパイ?…日産に対抗するトヨタは、超極秘の初代サニー設計図を入手してSunnyより排気量プラス100cc、車内寸法プラス10mmの「カローラ」を同年秋に発売した。 

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